「仕事で自分を証明する」からの卒業

こんにちは、モモです。(@_momo.healing_)

最近ブログに新しいカテゴリーを作ったので、その話をしようと思います。

新しく作ったのは、

「“仕事で自分を証明する”から卒業」

というカテゴリーです。

「仕事で自分を証明する」というのは、
私が長い間、人生をかけて取り組んできたテーマなんですよね。

ただ、別にそれを意識して、

「よし、仕事で自分の価値を証明しよう!」

と思っていたわけではなくて。

最近、自分の中で一区切りついたような感覚があって、これまでの道を振り返ってみたら、

「私って、仕事を通して自分の存在価値とか、能力を証明しようと頑張ってきたんだなぁ」

って、初めて言語化できたんです。

今日は、私がこれまでどんなことに取り組んできたのか。

そして、どうして今、

「もう、仕事で自分を証明しなくてもいい」と思えるようになったのか。

そのあたりをお話しします。

ずっと続いていたテーマ

このテーマって、実はかなり昔から始まっていました。

ブログを遡ると、2024年の記事にも、

「何者にもならなくていい」
「強くならなきゃ」と自分を追い込み続けていたこと。

「頭で選んだ道と、心が選んだ道」の違い。

「肩書きではなく、生き方こそがわたしの仕事だった」

なんてことを書いていました。

当時は、これらが全部ひとつのテーマにつながっている、なーんて思っていなかった。

そのとき、そのときで、
自分の人生について考えて、感じたことを書いていただけ。

でも今振り返ると、

ずっと同じところを、少しずつ掘っていたんだなぁと思います。

私は昔から、

「もっとできるようになりたい」

という気持ちが強かったんですよね。

  • もっと人の役に立ちたい。
  • もっと仕事ができるようになりたい。
  • もっと自分の力を発揮したい。

その「もっと」自体は、悪いことじゃない。

本気で人の役に立ちたかったし、自分の仕事を大切にしていた。

だからこそ、気づかなかったんです。

その奥に、

「分かりやすい結果を出すこと」
「仕事で認められること」
「それが自分の価値につながる」

という感覚があったことに。

仕事がうまくいけば「私はちゃんとした人間だ」と思える。

人の役に立てれば「私はここにいていい」と思える。

そんなふうに、仕事と自分の存在価値が、がっちり結びついていたんですよね。

ひとつずつ、手放していった

今年に入ってから、
そのことに気づいて、ひとつずつ手放していくような出来事がありました。

「忙しく働いてこそ立派」という価値観を手放したり、

「年収1000万円って、私は本当に必要なのかな?」と考えたり、

夫の収入に頼ることへの罪悪感に向き合ったり。

「自分で稼げること」と「私自身の価値」は、別なんだと気づいていきました。

個人の活動でも、「お客様を増やさなきゃ」という意識が変わってきた。

もちろん、仕事なら人に来てもらうことは必要です。

でもあるとき、

「私、本当にそれをやりたいのかな?」

と思ったんです。

お客様を増やしたいのか。

それとも、

「お客様が増えたら、私はもっと価値のある人間だと証明できる」

と思っているのか。

そこが違うんですよね。

そうすると、ずっと考えてきた「強み」や「使命」よりも、もっと単純に、

「好き」

を選んでいいんじゃないか、と思うようになりました。

「これは人の役に立つかな」
「これは仕事になるかな」

ではなくて、

「好きだから」
「楽しいから」
「なんとなくやってみたいから」

それくらいで選んでもいい。

仕事になるかどうかより、自分の感覚を優先していいんだと思えるようになりました。

「なりたい私」も手放した

もう一つ大きかったのが、「なりたい私」を手放したこと。

私はずっと、

「こんな私になりたい」
「3年後には、こんな現実を手に入れたい」

と未来の自分を思い描いて、そこに向かって頑張ってきました。

でも、「なりたい私」を追いかけるということは、裏を返せば、

「今の私は、まだ足りない」

と思っているということでもある。

だから、

「もう、なりたい私っていらないんじゃない?」

と思うようになった。

そして、「もっとできるはず」と自分を鍛え続けていたことの奥に、心の古傷があることにも気づきました。

頑張ることで、自分を守ってきた時期があった。

だから、頑張ってきた自分を責めるんじゃなくて、

「ああ、ずっと私を守ってくれてたんだな」って見られるようになった。

そうすると、

「もう、頑張って証明しなくてもいいよ」

って、自分に言えるようになったんですよね。

そして、気づいた

もう一つ変わったのが、未来に対する不安です。

私はずっと、

「この先どうなるんだろう?」

と考えて、未来を決めて、そこに今の自分を向かわせようとしていました。

でも、

「未来のことは、その未来が来たときの私が考えればいい」

と思えるようになった。

今の私が、まだ存在していない未来まで背負わなくていい。

そう思えたら、「何者かにならなきゃ」という焦りも、だんだん小さくなっていきました。

そして、極めつけが、

「あれ?私、もう欲しかった現実を生きてるんじゃない?」

という気づきでした。

私は、

目の前の人とちゃんと関わりたい。
大きく広げるより、一人ひとりと深く関わる仕事がしたい。

そう思っていたけれど、

よく考えたら、私、もうやってるんです。

ブログを書いて、個人セッションをして、音声で話して。

私がずっと探していたもの、すでに持ってた。

すごい仕事をするでも、大きなことを成し遂げるでもなくて、

ただ、私が私として生きていること。

それでいい。

そう思えたんです。

だから、「仕事で自分を証明する」ことから、もう卒業していいんだなって。

仕事をやめるわけではありません。

これからもセッションはするし、ブログも書くし、音声で話すと思う。

現時点では。笑

でも、

  • 仕事をしているから価値がある。
  • 人の役に立っているから価値がある。
  • お金を稼いでいるから価値がある。

そうやって仕事を使って、自分の存在価値を証明しなくていい。

仕事をしていても、していなくても私。

何かを成し遂げても、成し遂げなくても私。

その「私」が先にあって、その人生の中に、仕事もある。

そんな感覚になってきました。

ここからは、証明しない生き方をしてみる

今回、過去の記事を振り返って、

「私、こんなに長い間、このテーマと一緒に生きてきたんだなぁ」

って、感慨深くなりました。

そのときは、
仕事に悩んだり、頑張りすぎたり、「もっとできるはず」と思ったり。

一つひとつは、全然違う話に見えていた。

でも今振り返ると、全部、

「私は、何もしなくても、ここにいていいのか?」

という部分に、つながっていたと思います。

そして今、ようやく、
「うん。いていいんだな」って、ちょっとずつ思えるようになった。

だからといって、これからどうするかは、まだわかりません。

いまの気分で、
「これやりたいな」と思ったことをやる。

その結果、どうなるかまでは考えない。

そんな感じで、

ここからは、仕事で自分を証明する以外の生き方を試してみようと思っています。

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この記事を書いた人

心のこと、人間のこと、見えない世界を研究するのがライフワーク。
「自然体で自分らしく生きるとは何か」というテーマで日々実験中。

くまのプーさん、ジブリ、カフェ、開放感のある静かな場所が好き。
ゆるグルテンフリー。ペスカタリアン。
埼玉生まれ埼玉育ち