食べすぎてしまうとき、心が本当に求めていたもの

こんにちは、モモです。(@_momo.healing_)

先週の金曜日。

インナーチャイルドが大きく揺れたことで、
「わたし、食べることをめっちゃ制限していたんだ…」と、ようやく腑に落ちました。

物質的な豊かさもほしい。
精神的な豊かさも大切にしたい。

どっちも望んでいたのに、
どこかで自分にブレーキをかけていたみたい。

そして翌日。

突然、過食症ピーク時の映像が脳内で再生されて、「当時の自分を再現してみよう」と思い立ったのです。

……あの頃と同じことを、もう一度やってみたら、何がわかるんだろう。

「当時のわたし」を再現するチャレンジ

前日にまあまあ食べたばかりなのに。

強烈な揺り戻しのような衝動が来て、一人暮らし時代に食べていたものを爆買いしました。

  • ドーナツ
  • ケーキ
  • ケン○ッキー
  • ハンバーガー
  • 菓子パン
  • カップラーメン
  • お菓子

頭に浮かぶまま、思考を挟まずに6,000円分。
“当時のわたし”を忠実に再現するつもりで。

帰り道、袋を抱えて歩きながら、ふと思ったのです。

「わたし、食べることより“お金を使うこと”が楽しいのかも?」

好きなものを、好きなだけ、自分のタイミングで買える。
その自由が、たまらなく嬉しい。

同じものを誰かに買ってもらっても、きっと満足できない。“自分で選んで、自分で買う”という現実確認がしたかった。

お金を使うことを学んでいた

買い物を終えて、テーブルに並べ終えるまでが、ワクワクのピークでした。

食べ方も当時を再現して、
よく噛まずに流し込むように食べてみたけれど、数口だけ楽しくて、そのあとは何も満たされない。

お腹はパンパンなのに、
「あ〜おいしかった〜」にならない。

食べ終わったあと、気持ち悪くてソファに沈み込み、
身体と心の反応を観察していると、
呼吸が浅くなり、頭がギューッと締めつけられるように痛む。

そのとき、ふと気づいたのです。

“食べること”を通して、“お金を使うこと”も学んでいたのかもしれない。

食事もお金も、
自分のタイミングで、
自分の意思で、
好きなものを選ぶ自由。

それがほしかった。

わたしにとって「食べる」は、栄養補給以上の意味を持っていた。

天使のメッセージ

夜になり、ヒーリング音楽を流しながらジャーナリングしようとしたら、天使がそっと割って入ってきました。

よく、ここまで戦いましたね。
難しい課題だったでしょう。
でも、あなたはやり切ると思っていましたよ。

これは試練ではなく、
強くしなやかな愛を育てるためのプロセスでした。

あなたは受け取ることも、与えることも学びました。
文句ではなく感謝を向けることも覚えました。

お金を出してほしいものが手にできることは、
人間が長い時間をかけて作った “愛の循環” の賜物なのです。

店員さんも、商品を作った人も、
誰かのために愛を向けて働いている。

お金を出してほしいものが買えることは、地球の豊かさそのもの。

愛と豊かさ

わたし、ずっと
「食べることで悩んでいる」と思っていた。

でも本当は。

  • 愛の受け取り方
  • 愛の与え方
  • 物質と精神、両方の豊かさ

それを学んでいたのかもしれない。

食べ物を買えることは豊かさ。
料理を作るのは愛。
商品を生み出すのも愛。
それが届いて、手にして、食べられるのは豊かさ。

お金のことも、食べることも、
わからないと思っていたのに。

一気に、二つの課題を越えた気がした。

ふぉぉぉぉぉーーー。

「まだ大丈夫。もう少し、がんばれる。」
そんなふうに日々を支えるあなたにこそ
ほっと一息つける時間を
過ごしてほしいなと願っています。

モモちゃんの個人セッションについて

この記事を書いた人

心理カウンセリングを軸に、チャネリングやヒーリング、オラクルカードを用いた個人セッションを行っています。
人に気を遣いすぎたり、働くことにモヤモヤしたり――
そんな気持ちを、ひとりで抱え込まなくていい時間を大切に。
「今のまま、話していいんだ」と感じてもらえたら嬉しいです。