イライラして過食しちゃうのは、身体からの「我慢しすぎだよ」というサイン

こんにちは、モモです。(@_momo.healing_)

過食症ピーク時の映像がふいに脳内で再生されてから、インナーチャイルドを優先する生活を始めました。

過食ピーク時の再現も、気づけば3回目。

以前なら罪悪感でいっぱいになって、

「乱れた食事を正さなきゃ」と必死になっていたのに、今回はずっとメンタルがニュートラル。

むしろ3回目を終えたとき、ふっと胸に浮かんだのです。

ああ、わたし…
本当にいろんなこと、我慢してたんだなぁ。

「ちょっとした我慢」ほんとうは”ちょっと”じゃなかった

20代に比べたら、今はずっと楽になった。

それでも、まだまだ“我慢のクセ”が身体に染みついていたらしいです。(伸びしろたっぷりで笑っちゃう)

あまりにも当たり前すぎて、本当の気持ちを閉じ込めていることに気づきませんでした。

  • わたしがちょっと我慢すれば
  • 今日くらい無理しても
  • これだけやっちゃおう

こういう“ちょっとした我慢”。
ほんとうは、ちょっとじゃなかった。

たしかに一つひとつは小さいかもしれない。

でも、積もる。
静かに、静かに、コップの底に溜まっていく。

そして、ある日あふれる。

自分でもびっくりするくらい、涙と一緒にイライラが噴き出す。

「なんで、これくらい我慢できないの?」

って、自分を責めながら。

心を殺して本音にフタして、感じたことも気づかないフリして

外ではちゃんとしていた。
仕事も、対人関係も、必死で。

そのぶん、家でひとりになると爆発したの。

いま振り返ると、外で仕事したり人と会っているとき、わたしは相当我慢していた。

心を殺して、本音にフタをして、
「わたしが間違っていて、周りが正しい」と思い込んで。

いつのまにか、自分が消えて、“誰かの価値観”に乗っ取られていた。

不安を聞いてほしかった。
悔しいって言いたかった。
もう無理って休みたかった。
誰かに頼りたかった。

でも、できなかった。

全部「これくらい」と思っていた。

でも身体は知っていたから、代わりに表現した。
“過食”というかたちで。

苦しいよ
気づいて
これ以上、我慢しないで

身体はいつだって 、本当の限界を知っている。

「ねばならない」よりも「今日のわたしらい」を選ぶ

本当はちゃんと欲求があったのに、感情を後回しにして、自分の声が聴こえなくなっていた。

あれ食べたい
→ でも太るから我慢

家事やりたくない
→ でもわたしがやらなきゃ

疲れた
→ まだ大丈夫

これ、全部、生きている証なのに。

「サボり」
「甘え」
「だらしない」

そんな言葉で、自分を縛ってた。

だからこそ、
頭に一瞬でも“やりたい”が浮かんだら、思考を挟まず0.3秒でGOするの。

あれ食べたい
→ ちょっと買ってみよう

家事やりたくない
→ 今日は手抜きもOK

疲れた
→ 横になろう、それが今日のわたしらしい

“ねばならない”よりも
「今日のわたしらしい」を選ぶ。

“正解”よりも
「いまのわたしにちょうどいい」を選ぶ。

我慢する必要がなくなったから?

年末年始に摂食障害の連載を書いてから、食べることへの意識が大きく変わり始めました。

今年の3月ごろから、
大好きだったケーキやドーナツが前ほど食べられなくなり、身体が食べ物のエネルギーに敏感に反応するように。

それってもしかして…

もう、我慢する必要がなくなったから?

「まだ大丈夫。もう少し、がんばれる。」
そんなふうに日々を支えるあなたにこそ
ほっと一息つける時間を
過ごしてほしいなと願っています。

モモちゃんの個人セッションについて

この記事を書いた人

心理カウンセリングを軸に、チャネリングやヒーリング、オラクルカードを用いた個人セッションを行っています。
人に気を遣いすぎたり、働くことにモヤモヤしたり――
そんな気持ちを、ひとりで抱え込まなくていい時間を大切に。
「今のまま、話していいんだ」と感じてもらえたら嬉しいです。