

さぁ、深呼吸。
心の声に耳をすまそう

こんにちは、モモです。(@_momo.healing_)
小さいころから、スイーツが大好きでした。
ホイップたっぷりのケーキやドーナツ。
人工甘味料入りのメープルシロップもドバドバ。
フルーツや穀物の自然な甘みは苦手で、唯一食べられたのはメロンだけ。
はっきりした甘さのほうが、安心できたのです。
でも「自分と向き合う」と決めてから、メンタルの安定のために白砂糖を控えるようになり、いまも家では砂糖不使用のものを選んでいます。
そんな生活を6年続けて、調味料を高品質なものに変えたあたりから、お米のおいしさに気づくようになりました!
以前は、お米だけでは味気なくて。
おかずを浸したり“ごはんのおとも”をかけたりして、本来の甘味を感じないように食べていたのに。
いまは、何もかけないお米がいちばんおいしい。
そんな自分に驚いている。
ただ、うれしい変化の裏で困ったこともあります。
炊き立てのご飯を見ると、お腹いっぱいでも食べたくなっちゃう。
夜は控えめにしたいタイプのわたし。
でも夫は夜にしっかり食べる派だから、夕飯用にご飯を炊くことがある。
昨日も夜に炊いてしまい、お腹いっぱいなのに「食べたい」が始まりました。
あーぁ、いま食べたら明日しんどいよ。
どうして決めたことできないの?
また思考に振り回されるんだよね。
静かだけど、容赦がない。
それでも炊飯器を開けた瞬間、別の声が割り込んできました。
たぶんインナーチャイルド。

なんで、わたしばかり我慢なの?
ずっと我慢してきたのに。
そっちがわたしに合わせてよ。
みんな好きなもの食べてずるい!
わたしだって好きに食べたい!
小さいわたしが、泣きじゃくって暴れだした。
そのやりとりを見ていた“肉体のモモちゃん”は、「あ、これはパラダイムシフトが来る」と直感して、炊き立てご飯を食べながらノートを開く。
そして、大人・モモが静かに声をかけた。

そうだよね、ごもっとも。
あれこれ制限されたら楽しくないよね。
厳しく管理しすぎたね、ごめんね。
その瞬間、気づいた。
「どうして、わたしばかり食べることで悩むの?」と思って居いたけど、その現実を作っていたのは、自分自身だった。
他人には「好きなもの食べればいいよ」と言えるのに、自分には許可を出せていなかった。
だから決めた。
もう監視をやめよう。
もう原因探しをやめよう。
“正しい食べ方”を追いかけるのをやめよう。
ノートを書きながら気づいた。
大人モモは、こんな世界を証明しようとしていました。
小さいモモは必死に従おうとするけど、ときどき爆発する。
昨日は、その声をようやくキャッチできた。
そして、検証したくなってコンビニへ。
これまで禁止していたことを、全部許可してみました。
身体に負担がかかってもいい
肌荒れしてもいい
太ってもいい
すっぴんパジャマでコンビニに入り、好きなパンをカゴに。
帰り道、口角が上がっていた。
生きるって楽しい。
食事って人間らしくておもしろい。
人間を楽しみたい。
声の主は特定できなかったけど、
“食事という地球のシステムを楽しみたかった”という気持ちだけはハッキリしていました。
帰宅して菓子パン6個とアイス2個を食べた。
身体はしんどかったけど、罪悪感はゼロ。
小麦アレルギーの反応も出なかった。不思議。
以前、摂食障害治療の専門家が言っていました。
「摂食障害患者は、食事を管理しすぎる傾向がある」
あのときは過去の話だと思っていた。
でも違った。
わたしはまだ、
“食べることは難しい”
“我慢すればうまくいく”
という前提で生きていた。
大人のわたしが証明したかったのは、
食べることは大変。
生きるのはしんどい。
わたしが我慢すれば平穏でいられる。
そんな世界観だった。
でも、小さなわたしのニーズは違った。
問題を維持していたのは、食べ物じゃない。
管理だった。
しばらく、食事の情報収集をやめてみようと思います。
もっとゆるやかに。
もっとやさしく。
食べることを、
「管理」じゃなくて「体験」に戻していく。
わたしの中の小さな子と、仲直りしながら。
「まだ大丈夫。もう少し、がんばれる。」
そんなふうに日々を支えるあなたにこそ
ほっと一息つける時間を
過ごしてほしいなと願っています。