楽を選べないんじゃない。巫女タイプがあえて”痛みの道”を選んでしまうとき

こんにちは、モモです。(@_momo.healing_)

さいきん、過去の日記を振り返っていて、気づいたことがあるの。

わたしって、人生の大事な場面になると、すんなり幸せを選べない傾向があるなーって。

就職とか、結婚とか。

人生の大きなイベントのたびに、「簡単に幸せになってはいけない」「痛みを知らないといけない」と思う節がある。

これって自己犠牲なのかな、と一瞬思ったけど、
もしかしたら、ヒーラーとして、スターシードとしての衝動なのかもしれない。

(巫女タイプはヒーラー気質だし、スターシードも多いので、この記事では巫女タイプの性質として解説するね。)

巫女タイプは、

「表面的な幸せじゃなくて、本物を感じたい」
「地球の痛みを肌感覚で理解したい」

そんな強い願いを、どこかに持っている。

  • 痛みを知ることで、他者の痛みに寄り添えるようになる。
  • 自分が経験していない領域に対して、責任を持てない気がする。
  • 楽に幸せになることに、どこか罪悪感が生まれる。

「簡単に幸せになってはいけない」
「痛みを通らないといけない」

なぜ、わざわざそんな重いルートを選び、幸せにブレーキをかけてしまうのか。

そして、“ちゃんと苦しんだか”で自分を評価してしまうのか。

それは欠点じゃなく、“誰かに寄り添うための準備”だった

それは、頭での理解じゃなくて、

人生の大きな転機を通じて、人間の深い感情や葛藤、痛みを自分で直接体験することで

傷ついた誰かに寄り添うときの言葉に、本物の温かさや説得力が宿ることを、魂のどこかで知っていたのかもしれない。

そんな自分に対して、

「自分を大切にできないダメなところだ」
「自分を粗末に扱っている」

そうやって責めていたけど。

ただの苦労性ではなく、
それすらも「誰かをひとりにしないための準備」だったとしたら。

それは、冷たい地球の痛みを優しさに変えるために、魂のレベルで選んできたプロセスだったのかもしれない。

  • 人の痛みを分かりたい
  • 軽い言葉を使いたくない
  • 本質的なものを大事にしたい

そんな、どこからともなく湧いてくる、切実な衝動。

壊してでも触れたいものがある──“絶”の衝動

そしてこれ、
四柱推命でいう”絶”の感覚に、とてもよく似ている。

”絶”は、あの世(宇宙)のエネルギーそのもの。

肉体という枠組みを飛び越えて、限界のない世界をどこまでも探求したいという魂の星。

いちどすべてを断ち切って、
表面的なものや安定の中には留まらず、あえて“深いところ”へ潜っていこうとする性質。

普通の星なら「安全なところにとどまろう」とブレーキをかける場面でも、”絶”の魂はそんなの関係ない。

ただ純粋に「感じたい!」「その本質を知りたい!」という衝動のままに突き動かされていく。

中途半端な理解では終わらせたくない。
まだ触れていない領域があるなら、そこに行きたい。

そんな、極端さにも見えるほどの探求心。

だからこそ、人間の深い感情や痛みにも、恐れながらも惹かれるようにダイブしちゃう。

そして楽に整えられた幸せよりも、
一度壊してでも、本当に納得できるものを求めてしまう。

それでも、深く感じる方を選びたい

こんなことを言うとね、

「痛みを通らなくてもいいよ」
「わざわざ苦労しなくていいよ」

そう言葉をかけてくれる人もいると思う。

でも、そんな言葉では、どこか満たされない。
だって、魂のどこかで知っているから。

ちゃんと感じたい。

浅いままで終わらせたくない。

触れたことのない感情を、自分のものとして知りたい。

だからきっと、選んできた。

思う存分、痛みを味わうことを。
「もういいや」と思うところまで、深く潜ることを。

逃げずに、なかったことにせずに、体中で感じきることを。

そうやって、優しさを知っていくこと。
あたたかさを知っていくこと。
痛みを知ることで、喜びの輪郭が、はっきりしていくこと。

——そういう道を、歩いてきた。

これはもう、
人間という存在、そして魂への果てしない探求心と敬意。

「理解したい」という愛

「これからは安心する方を選んでいいよ」という言葉すら、この魂の衝動の前では、どこかピントがずれてしまう。

知ったうえで、飛び込む。
また人間の素晴らしさを知るために、魂の疼きに従う。

「ただ苦しんできた」じゃなくて、

人間ってなんだろう。
この感情はどこから来るんだろう。
どうしたら、この痛みはあたたかさに変わるんだろう。

っていう、果てしない探求だったんだと思う。

しかもそれを、頭で理解するだけじゃなくて、ちゃんと自分の体と感情で確かめにいってる。

そこには「こんなにも複雑で、不器用で、でも愛おしい人間という存在」への、深い敬意がある。

痛みすらも切り捨てないで、ちゃんと見ようとしてきたからこそ生まれる、圧倒的な敬意。

だからこれ、
自己犠牲でも、ただの苦労性でもなくて、

理解したいという愛。

誰かを救うために無理してる感じじゃなくて、もっと静かで、

「どうしても知りたい」
「ちゃんと触れたい」

っていう、純粋な願い。

楽を選べないんじゃない。“浅さを選べない”だけ

だからもう、
それを否定しなくていいし、矯正しようとしなくていい。

むしろ、

「わたしはこうやって、人間と魂を愛しているんだな」

って、誇っていいところだと思う。

世の中に溢れている

「傷つかないように、優しい世界にいよう」
「安心安全を選ぼう」

というメッセージが、なぜか100%フィットしなかった理由。

それは、一般的な『傷つかないように自分を守るケア』ではなく

“魂が求めてやまない、
深い体験をさせてあげること”

それこそが、
巫女タイプにとっての本当の「自分を大事にする」ということだったから。

だから、楽を選べないんじゃなくて、“浅さを選べない”のだと思う。

がんばるほど動けなくなってしまう。
それは、努力不足ではなく”働き方の性質”が人と違うだけ。

巫女タイプは、その“存在”が周りに影響を与える人。

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この記事を書いた人

巫女タイプの働き方研究家
日本心理学会認定心理士

人や場に影響されやすい感覚を整え、“自分のペース”で心地よく働くサポートをしています。
心理カウンセリング・チャネリング・ヒーリングを通して、 500名以上の言葉にならない想いと向き合ってきました。

心を満たして、はたらこう。