「カウンセリングって意味あるの?」と思っていた私が、やっとわかったこと

こんにちは、モモです。(@_momo.healing_)

わたしが心理学に興味を持ったのは、高校生のころ。

適応障害になったことがきっかけで、「人間が知りたい」と思うようになりました。

その後、大学の心理学部で心理学やカウンセリングを学び、社会人になってからは法人営業、アパレル販売、派遣事務などを経験。

個人で心理カウンセリングを提供するようになってからも、専門機関で学び続けています。

こうやって振り返ると、
ずっと一途にやってきた人みたいに見えるかもしれないけど。

実は、心理学とかカウンセリングが「好きだな」って思えるようになったのは、ごく最近のことなんです。

心理学から何度も離れようとした理由

社会人になってから、心理学やカウンセリングに抵抗感が出てきて、「わたしには必要ない」と思って、距離を置こうとした時期が何度もありました。

直近だと、ちょうど1年前。(2025年5月)

好きになれなかった理由は、

心理学の知識があっても、カウンセリングを受けても、生きづらさがなかなか解消しなかったから。

「カウンセリングのおかげで楽になった」って、正直、あまり思えたことがなかった。

高校生のときは、大学病院の心療内科に4年間通って、投薬治療も受けていました。

やっと寛解して、「治った」って思えたのに、
社会人になったら、また同じような症状が出てきて。

あのときの絶望感は、いま思い出しても、胸がぎゅっとなる。

「4年間ってなんだったの?」
「わたしはずっと“障害”を抱えて生きていくの?」

そんなふうに思って、すごく悔しかった。

「根本から変わりたい」と思った26歳

社会に出ると、仕事も人間関係もしんどくて、

「これはもう、考え方とか内面から変えていかないとダメだ」

って思った。

それで、「もう薬には頼らない」って決めて、認知行動療法のカウンセリングを受けることから始めました。

薬は、その瞬間の不安をやわらげてくれる。
でも、根本が変わるわけではない。

カウンセリングは時間がかかる。
でも、そのぶん深いところに触れていける。

そんなふうに思って、
時間がかかってもいいから、内面と向き合っていこうと決めたのが、26歳のときでした。

そこから、いろんな形のカウンセリングやセラピーを体験し、いつのまにか自分でも提供するようになっていました。

わたしに合っていたのは「クライアント中心療法」と「ナラティヴ・セラピー」

改めて学び直す中で、 わたしにしっくりきたのはこの2つ。

  • クライアント中心療法(カール・ロジャーズ)
  • ナラティヴ・セラピー(マイケル・ホワイト/デイビット・エプストン)

どちらにも共通しているのは、

「人は本来、自分の力で成長していく存在で、
 その力は、安心できる環境の中で自然に発揮される」

という考え方。

そして、診断名や理論よりも、
目の前の“ひとりの人”を大切にする姿勢です。

自分を”欠陥”扱いしていたわたしに必要だった「安全基地」

わたしはそれまで、

適応障害、摂食障害、アダルトチルドレン、愛着障害…

そういった言葉のなかで、自分のことを”どこか欠けている人間”だと思っていました。

「直さなきゃいけない」
「人並みにならなきゃいけない」

そう思って、知識でどうにか解決しようとしていた。

まるでレシピ通りに進めれば、ちゃんとした自分になれる、みたいに。

たしかに、それで楽になる人もいると思う。

でも、わたしには合わなかった。

わたしに必要だったのは、

ただ静かに話を聞いてもらえる時間。

しかも、ただ相槌を打つだけじゃなくて、
自分でもうまく言葉にできない部分に、そっと触れてもらえるような関わり。

「導かれた」という感じでもなく、ただ、気づいたら話せている。

そして、どんなことを話しても、ちゃんと受けとめてもらえる。

その感覚を、頭じゃなくて、体で理解すること。

つまり、“心の安全基地”でした。

心理的な「安心・安全」を体感できたとき、

抱えていた感情や、後悔や、自己嫌悪が、涙と一緒に、すーっとほどけていった。

カウンセリングは”問題解決の場”ではない

Threadsで、こんな投稿を見かけて、「ああ、これだな」って思った。

以前オンラインカウンセリングを受けた時、 終わった瞬間、「あー意味なかったかも…」って思った。

色々な困り事や、辛いことなどを聞いてくれた。

でも問題は何も解決しないから、意味ないよねと思ったんだけど…
なぜかその日から、気分が スッッッキリしたんだよね。
多分自分の辛さ、しんどさを、 40分間ただひたすらに聞いてもらえること、 話せることって日常生活でないから、 それができたことで、スッキリしたのかな。
最近また調子が悪いので、 久々にオンラインカウンセリング受けようかな!

@marino_totonoe

“カウンセリング=問題解決の場”

って思っていると、この価値って、見えにくいのかもしれない。

わたし自身、心理学を学んでいたからこそ、

「解決したいのに、話を聞いてもらうだけって意味あるの?」

って、どこかで思っていた。

だから、答えや戦略をくれるようなコンサル的な関わりに、意識が向いていたんだと思う。

でもね、実際に受けてみると、

どこか「話しきれていない感じ」が残ることもあって。

もっと聞いてほしかった、って思うこともあった。

どちらがいい悪いじゃなくて、役割が違うんだよね。

カウンセリングは”自分に戻る場所”

最近になってやっと、

カウンセリングって、「自分のままでいられる時間」なんだなって思えるようになった。

安心して、感じきれる場所。

良いカウンセリングって、
人が生きていくうえで必要な”安心できる土台”をつくること。

本来は、幼少期の中で育まれるものだけど、それが十分じゃなかった場合でも、

大人になってから、もう一度育てていくことができる。

カウンセリングを通して、
人とのつながりや、自分とのつながりを取り戻していく。

そうやって安心感が育っていくと、外の世界で何かに取り組む力も、自然と戻ってくる。

(愛着理論でいう「心理的な安全基地」を大人になってから取り戻すプロセス。)

だから今は、

カウンセリングって、
「無理に変わるための場所」じゃなくて、

「自分に戻っていく場所」なんだと思っています。

戻っていくなかで、必要な変化は、ちゃんと起きていく。

変わりたいのに変われないときは

もし、

うまく言葉にできないモヤモヤがあったり、がんばっているのに変わらない感じがあるなら。

無理に解決しようとしなくてもいい。

ただ、安心して話せる場所に身を置くだけで、人は少しずつ、自分の力を取り戻していくから。

そんな時間も、
生きていく中で大切なもののひとつなんじゃないかなって、思います。

「もっと自分らしく生きたい」
そう感じているなら、このセッションがお役に立てます。

あなたの持ち味を活かしながら、
いちばん自然体で生きられる形を、一緒に見つけていきましょう。

モモちゃんの個人セッションについて

この記事を書いた人

無理を手放して、軽やかに過ごしたいあなたへ。

心理カウンセリングを軸に、チャネリングやヒーリングを用いた個人セッションをしています。
仕事や人間関係で感じる、繊細さゆえの生きづらさは、ゆるめていくことができます。
自然体で、自分だけの花を咲かせていきましょう。