

さぁ、深呼吸。
心の声に耳をすまそう

こんにちは、モモです。(@_momo.healing_)
もしいま、
「自分の気持ちがよくわからない」
「何がやりたいのか聞かれても、答えられない」
そんな感覚を抱いていたら、ちょっと聞いてほしい話があります。
わたし自身、長いあいだ
周りの期待に応えること
空気を読むこと
“ちゃんとしている自分”でいること
などなど。
周りの正解を優先していて、自分の気持ちや本音は、どこか遠くに置き去りになっていました。
その結果、気づいたら、「わたしは、どうしたいんだろう?」という問いに、なにも浮かばなくなっていたんです。
いまでは、以前ほど周りに引っ張られすぎなくなったけど。
自分の気持ちを言葉にできるようになるまでには、たくさんの遠回りがありました。
この記事では、
周りに合わせすぎて“自分が消えていった感覚”と、そこから少しずつ、自分を取り戻していったプロセスを綴りました。
「自分がわからなくなっている気がする」
そんなあなたに、届いたらうれしいです。
10代の頃から、じわじわと「なんだか、周りと違うかも」そんな感覚を抱くようになりました。
友達の様子をよく観察して、その場に合いそうな振る舞いを考える。
「こうしていれば浮かないかな」
「これなら大丈夫かな」
そんなふうに、少しずつ“自分の基準”よりも“周りの正解”を優先するようになっていったんです。
高校生になると家庭内でトラブルがあり、「家族が元に戻るために、どう振る舞えばいいんだろう?」と考えるようになりました。
母が求めていることを読み取り、
そんな“理想の娘”を演じるようになりました。
母が家族のなかに、居場所をつくれるように。
みんなに、もう一度笑ってほしくて。
10代で身につけた対人関係のパターンは、社会人になっても、そのまま続いていきます。
当時は、他人軸で生きているという自覚が、まったくありませんでした。
周りの言動を細かく観察し、脳内にダウンロードして“憑依”するように再現する。
そんな生き方が当たり前になっていました。
誰かの望む「誰か」を演じているとき、自分のキャパや、好き嫌い、向き不向きは後回し。
うまくできないと、強く自分を責めて、
「もっと勉強しなきゃ」
「努力しなきゃ」
そう考えて、無理を重ねていきました。
体調の変化にも気づかないまま、心にも負荷がかかり続けて――ある日、突然、まったく動けなくなってしまうんです。
心の奥では、こんな思いを抱えていたのかもしれません。

わたしはどこか間違っていて、受け入れてもらえない
そんな気持ちを出したら生きていけない
他の人は自分をしっかり持っていて、みんな正しくて全部知っている
求められる姿を体現できなかったら、消えてしまう
そんなふうに思っていたけれど、当時はまったく自覚がなくて。罪悪感、不安、焦り……いつも、そうした感情に支配されていました。
「わかってほしい」と思うこともなく、
「もっとこうしてほしい」と求める発想すら浮かばない。
人に期待していないことにも、気づいていなかったんです。
自分軸がないまま他人軸で生きていると、社会人になってから、その影響は一気に表に出ました。
仕事、人間関係、ダイエット、お金の管理……。
どれも一生懸命がんばっているのに、心の奥にポッカリ空いた穴は、埋まらないまま。
「わたしが、いなくなってしまう」
そんな恐怖に、何度も襲われました。
流れの速い川に投げ出されて、必死にもがき続けているような毎日。息ができない怖さから、立ち止まることもできなかったんです。

あるとき、ふと、こんな問いが浮かびました。
そこに、わたしはいるの?
その感覚は正しくて、“自分の意思”を持っていなかったんです。ただ息苦しさから抜け出したくて必死でした。
「幸せって、こういうもの」
「大人なら、こうあるべき」
だれが決めたのかわからない価値観に流されながら、自分軸も、境界線も持たないまま。
だからこそ、だれかが決めた基準にしがみつくしかなかった。
転機になったのは、「わたしは」を主語にして話すことでした。
新月の夜に願いを書くと叶いやすいと知り、ノートを開いても、なにも浮かばない。
「なにかを欲するのは良くない」と思い込んでいたので、“わたしは〇〇したい”と主語で話すことがほとんどありませんでした。
人と意見が違っても胸を張って主張できず、だれの意見も聞かずに自分の道を決めたこともなかった。
他人の意見がないと溺れそうなのに、自分がどこにもいない不安も、同時に抱えていた。
そこに、ようやく気づいたんです。

それから、新月のたびに、ウィッシュリストを書くようになりました。
毎月続けていくうちに、「本当に望んでいること」が少しずつ見えてきます。
”わたしは”から話し出す練習も続けました。
さらに心理セラピー、気質やタイプ論、占星術、スピリチュアル……
いろんな枠組みを通して自分を見つめると、どれも、ちゃんと“わたしの特徴”だったんです。
他人軸になりやすいことも、
相手をコピーしてしまう癖も、
理由がわかると、扱い方が見えてくる。
その分、生きるのが、ぐっと楽になりました。

改めて周りを見渡してみると、
みんなも同じように罪悪感や不安、焦りを抱えていることに気づきました。
「みんな」と「わたし」は違うと思っていたけれど、じつは同じだったんです。
わたしが無意識にコピーしていた感情は、みんなが心のなかに隠し持っているものだったんですね。
少しずつ、自分として生きる感覚を取り戻していくと、本当にやりたいことにも気づけるし、人と関わる自信も育っていきます。
「自分のことがわからない」
「何がやりたいのかわからない」
そんなときは、自分を見失っているだけ。
あなたは、ちゃんとここにいるし、
望みも、消えてしまったわけじゃない。
どれが他人の基準で、どれが自分の言葉なのか。
見分けるには、時間がかかるかもしれないけれど、根気よく向き合っていけば、必ず取り戻せる。
大丈夫だよ。
「まだ大丈夫。もう少し、がんばれる。」
そんなふうに日々を支えるあなたにこそ
ほっと一息つける時間を
過ごしてほしいなと願っています。
