黒歴史だと思っていたあの頃は、本当に全部が”黒”だったのかな?

今日の午前中は健康診断で、久しぶりに出身高校の近くを通りました。

3年間通った道を歩きながら、

「部活の朝練つらかったな」
「文化祭のあと、あのカラオケで打ち上げしたな」

そんな記憶がふっと蘇ってきて、当時の空気を思い出しながら病院へ向かいました。

14年ぶりに通学路を歩いてみて、ようやく 、過去にできたような気がします。

黒歴史

わたしにとって高校時代は、いわゆる黒歴史。

生徒でぎゅうぎゅうの教室は閉塞感でいっぱいで、授業中に耐えられず床に座り込み、保健室に逃げ込んだこともありました。

通っていた心療内科の薬は副作用が強く、朝起きるとソファから動けず遅刻。

登校しても教室に入りづらくて、4階の図書室の通路から空をぼーっと眺めて時間をつぶしたり。

(静かな場所で、広々とした青空を見上げる時間が何より落ち着いた)

仲良しの友達はたくさんいて、みんな心配してくれてた。

だからこそ、
ひとりで行動したい気持ちと、孤立する怖さの間で揺れていました。

「このまま生きていかなきゃいけないのか…」
「友達といると楽しいけど、なんか無理してる気がする」

そんなことを考えていた気がします。

つらかった、本当にそれだけ?

でもね。

さいきん、こんなことを考えるようになりました。

・わたしは過去に囚われているだけでは?

・あの頃の記憶も、もしかしたら少し歪んでいるのかもしれない

過去を悪者にして、「かわいそうな自分」を守り続けたいだけなんじゃないか、と。

「いい加減、忘れなよ」
「たった3年間のことに、いつまで縛られてるの?」
「被害者意識でいるから、抜け出せないんだよ」

心のなかで、そんな言葉を自分に向けて呟くようになりました。

苦しかったのは事実。
大変だったのも事実。

だけど、本当にそれだけだった?
全部が全部、消したい過去だった?

楽しかった思い出や、
大切にしたい瞬間も、
なかったことにしているだけじゃない?

そんな疑問が、ぐるぐると巡っています。

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この記事を書いた人

心のこと、人間のこと、見えない世界を研究するのがライフワーク。
「自然体で自分らしく生きるとは何か」というテーマで日々実験中。

くまのプーさん、ジブリ、カフェ、開放感のある静かな場所が好き。
ゆるグルテンフリー。ペスカタリアン。
埼玉生まれ埼玉育ち