HSS型HSPを語ってきたわたしが、いま“名前”より大切にしていること

こんにちは、モモです。(@_momo.healing_)

今日は、ちょっと堅苦しい話題になっちゃうんだけど。

いまのわたしが感じていることを、率直にお伝えしたくて書いてみます。

HSS型HSPという言葉に出会ったころ

わたしは2017年に、自分がHSS型HSPであることに気づいてから、このテーマについて発信を続けてきました。

当時はまだ、HSS型HSPという言葉がほとんど知られていなくて、日本語の情報もかなり限られていた時期。

だからこそ、この言葉を届けることには、意味があると感じていました。

わたし自身も、

「やっと自分のことがわかった」
「わかってもらえた」

そうやって心が震えて、何度も救われてきました。

HSS型HSPに限らず、
愛着障害やエンパス、さまざまな概念に触れるなかで、

「自分が悪いわけじゃなかったんだ」と思えたこと。
「ちゃんと背景や理由があるんだ」と知れたこと。

それは、暗闇に光が差し込むような体験でした。

そしてそれらの言葉は、
同じような人とつながるための“合言葉”のような役割も持っていました。

ひとりじゃないと感じられる、大切な手がかりだったんです。

それでも、ラベルに縛られたくなかった

でもその一方で、発信を始めた当初から、ずっと意識していたことがあります。

それは、
「ラベルだけで人を捉えたくない」という感覚でした。

HSS型HSPは、たしかに自分を理解するヒントにはなる。
だけど、それが“わたしそのもの”ではない。

この感覚は、日本MBTI認定ユーザーの資格を取り、パーソナリティ理論に深く触れるなかで、着実に強くなっていきました。

誤解のない伝え方をいろいろ工夫したものの

発信を続けていると、少しずつその違和感は大きくなっていき、いまは「HSS型HSP」という言葉を前面に出すことは少なくなりました。

”生きづらさの本質”は、体感のなかにある

「HSS型HSP」という言葉を否定したいわけではありません。

むしろ、ここまで来るために必要だった、大切な概念だと思っています。

いま、強く感じているのは、

“生きづらさ”の本質は、ラベルではなく
その人が日々感じている体感のなかにあるということです。

たとえば、

人といるだけで、理由もなく気を張ってしまう感じ。

本当は嫌なのに、反射的に「大丈夫」と言ってしまう瞬間。

ひとりになった途端に、どっと疲れが出るあの感覚。

そういう、言葉になる前の小さな反応の積み重ねこそが、その人にとっての“生きづらさ”なんじゃないかと思うんです。

ラベルは、言葉にならない感覚を説明する助けにはなる。

でも、実際にそのしんどさを感じているのは、いつも“自分自身の内側”です。

だからこそ今は、名前を探すことだけではなくて、

「いま、自分はどう感じているんだろう」

そんなふうに、体感にそっと気づけるような視点を届けていきたいと思うようになりました。

わたしを動かしているのは、名前ではなく”体感”

わたし自身も、

「これはHSS型HSPだから」と説明していた出来事を、

「いま、わたしはこう感じているんだな」と、主語を自分にして受け取れるようになったとき、

少しずつ、人といるときの力が抜けたり、“こうしなきゃ”よりも“どう感じているか”を大切にできるようになっていきました。

HSS型HSPという言葉があったから、ここまで来られた。

でも、わたしを動かしてきたのは、名前そのものではなくて、

名前を通して生きづらさを乗り越えようとするなかで、感じたことや、悩んできた時間、そして、少しずつ変わってきた体感のほうだったんだと思います。

だからいまは、

ラベルで自分を説明することよりも、その奥にある感覚に、やさしく寄り添えるような発信をしていきたい。

もし、これを読んでるあなたが、なにか生きづらさを感じているとしたら、

名前を探すことも大切にしながら、同時に、

「自分は、いまどう感じているんだろう」

そんなふうに、自分の内側にもそっと目を向けてみて。

そこに、あなただけの答えがあるんじゃないかなって思うから。

「もっと自分らしく生きたい」
そう感じているなら、このセッションがお役に立てます。

あなたの持ち味を活かしながら、
いちばん自然体で生きられる形を、一緒に見つけていきましょう。

モモちゃんの個人セッションについて

この記事を書いた人

無理を手放して、軽やかに過ごしたいあなたへ。

心理カウンセリングを軸に、チャネリングやヒーリングを用いた個人セッションをしています。
仕事や人間関係で感じる、繊細さゆえの生きづらさは、ゆるめていくことができます。
自然体で、自分だけの花を咲かせていきましょう。