思い出すのも嫌だった人に、ふいに「ありがとう」が湧いた理由

過去に出会った人を、ひとりずつ思い浮かべていたとき。

ふっと、こんな感覚が湧いた。

姿を変えた“仲間”が、
あの人の肉体を通して、わたしにメッセージを届けていたんじゃないか。

あのときも。
あのときも。

すぐそばに、仲間がいた。

そう思った瞬間、涙が止まらなくなった。

たとえば、田中さん(仮名)を思い浮かべる。

見た目は田中さん。
でもどこかで、「田中さんの姿を借りた何か」とも言える存在。

それは、わたしの一部のようでもあり、別の誰かのようでもあり。

うまく説明できないけど、
脳内にははっきりとイメージが浮かんでいた。

脳内に浮かぶイメージ

みんな、わたしに何かを届けるために現れているとしたら

投影とか、転移とか。
心理学や脳の働きで説明できる現象なのかもしれない。

でも、説明できるかどうかは、どうでもいい。

体が先にわかってしまったから。

思い出すだけでイライラしていた人。
どうしても苦手だった人。

大切にできなくて、後悔が残っている人。

その人たちがみんな、
わたしに何かを届けるために現れていたのだとしたら。

急に、世界の見え方が変わった。

湧いてきたのは、感謝

不思議な感覚を体で受け取ったとき。

湧いてきたのは、理屈じゃなくて、「ありがとう」だった。

そして、

今、元気にしてるといいな。
毎日、楽しく過ごしていてほしいな。

そんな願い。

わたしには、それで十分だった。

この世界に出会う人は、
ただの偶然じゃないのかもしれない。

そう思えた体験の記録。

春風モモと話す
個人セッション・メールリーディング

声を聞く
StandFM

更新通知を受け取る
Threads

日常の写真を見る
Instagram

この記事を書いた人

心のこと、人間のこと、見えない世界を研究するのがライフワーク。
「自然体で自分らしく生きるとは何か」というテーマで日々実験中。

くまのプーさん、ジブリ、カフェ、開放感のある静かな場所が好き。
ゆるグルテンフリー。ペスカタリアン。
埼玉生まれ埼玉育ち