
ラフに生きよう、”わたし"のままで

ひとりじゃないよ みんなここにいるよ
一緒に楽しもうよ
ヒーラー&メッセンジャーのモモです。
恋バナ連載も後半に突入です!
これまでの話
仕事も恋愛もストレス満載で、夜中になると漠然として不安に襲われて、パニックで発狂しそうになったり。持病の過呼吸が頻発したり。摂食障害の症状で過食と拒食をくり返したり。いつもイライラ・ギスギス。
そんなボロボロの状態だったとき、大野梨咲さんのブログを見つけて夢中になりました。
私は子供の頃、
「綺麗なら人生は幸せ」と
思っていました。
でも大人になったら、
それは間違いと気づいたわ。
女性の幸せには
容姿以外にもっと大切なものが
必要で、その気づきで出版もしました。
大切なのは、
年を重ねて容姿が衰えても、
「あなたのお話を聞かせて」と
言われる存在になる事。
自然に人が集まってしまう
人を惹きつける光を
持てるかどうか、ですね。
大野梨咲~美女のたたずまい~
やばい!!
いますぐ取り組まなくちゃ!!
と、25歳のモモちゃんは内面を磨くことを決意しました。
「綺麗なら幸せ」とは思っていなかったけど、内面と向き合うことなんて、ちっとも考えていなかった。
むしろ適応障害で心療内科に通って、4年かけて終了させた経験から、「わたしは普通の元気な子!心理とかメンタルとか、もう必要ない!」と、病んだ経験は封印して、墓場まで持って行くつもりでした。
社会人になってから、何度か「心療内科に行こうかな」と考えたことはあったけど、またメンヘラに戻るのはイヤで避けていて。あと、投薬治療に良い印象がなくて、自力でなんとかしようと四苦八苦していました。でも、自力の限界がきた。
高校生から4年間心療内科に通って投薬治療を受けたけど、社会人になっても、このざま。
薬がラクにしてくれるわけじゃない。もう同じ道は辿らない。時間がかかっても根本から変わらなきゃ。
そう思って心理カウンセリングを受けることにしました。
いろいろ検索して、アダルトチルドレン専門で認知行動療法を提供しているカウンセリングルームを見つけ、さっそく予約。あえて男性の心理カウンセラーを選びました。
荒療治だけど。男性関係と、ちゃんと向き合うと決めたから。そして、対人関係の基礎は幼少期の親子関係で作られることも、大学の授業で知ったから。まずは逃げていた父親と向き合おうと決めて、カウンセリングを開始しました。
それでもね
再びメンタルの世界に触れることは、とっても屈辱だった。悔しかった。だって「もう終わった!」と思っていた課題が、じつは未完了だったなんて!「薬を飲み続けた4年間は何だったの?治ってないじゃん!」って怒りも湧いた。
心理カウンセリングは、認知行動療法の枠組みに沿って進みました。まずは気持ちを言語化して強弱をつけます。
起床:憂うつ90点
出社:不安80点
昼食:楽しい90点
会議:後悔100点
こんな感じ。
自分の気持ちを無視してアレキシサイミア状態だったので、さいしょはまったくピンとこなかった。宿題だから、提出するために「不安」とか「楽しい」とか書くけど、どこか他人事みたいで。とりあえず書いて出してた。
さみしい?不安?なにそれ美味しいの?
感情の点数化のトレーニングがひと段落したら、自動思考に取り組みます。できごとが起きたとき頭で考えたことを書き出して、その考えが本当に正しいのか吟味する。それと同時に身体の反応も観察して書き出します。
認知行動療法を自分でやるなら、”今日から使える認知行動療法”という本がおすすめ。書き込み式のワークブックが付録でついてるから、自宅で簡単にチャレンジできるよ。
そんな感じで
さいしょはまったく手ごたえを感じなかった認知行動療法だけど、続けていくうちに少しずつ”自分の内側に意識を向ける習慣”ができて、「いま、どんな気持ち?」と問いかけることも増えました。
男性と遊びに行くし、問題なくコミュニケーションを取れる。だけど、自分の意思を伝えたり、何か指摘することを避ける傾向があって、腹を割って踏み込んだ会話をしたことがありませんでした。
マジで吐きそうなくらい、しんどかった。でも勇気を出してカウンセラーさんに伝えた。父がキライなこと、男性との距離感がわからないこと、仕事のストレスがあること(このとき摂食障害は無自覚だったので伝えてません)
体中の筋肉が硬直して、うまく言葉が出てこないし、言いたいことまとまらない。
わたしの恐怖心が強かっただけかもしれないけど、このときのカウンセラーさんがアドバイス多いタイプで。それも怖かった。自分の経験をひたすら語られて「俺はこうだよ」って言われちゃうと、それができない自分はダメなんだ~って比較して落ち込む。。。
正直、委縮してしまった。
わかんない。わたしの受け取り方の問題だったかもしれない。極端な白黒思考だったし、まだまだ男性への恐怖心があったし、心の開き方もわからなかったし。
けっきょく、通うのがしんどくなって、半年くらいで中断しました。それでも認知行動療法を学べたのは大きな収穫。そして自分の内側に意識を向ける習慣ができたことも、とっても良かった。
認知行動療法のカウンセリングに通っているとき、父の誕生日にプレゼントと手紙を渡すことにしました。
わたしが適応障害になった原因のひとつは、父と母がトラブって家庭内がピリピリしていたこと。仕事が忙しい父、子育てに疲れた母。離婚しそうで子どもながらに心配していました。
大人になったら、「お互い様じゃん」と思えるけど、思春期のわたしは母を悲しませる父を嫌いになりました。
服部カウンセラーのこの記事がまさに↓
たとえば、
子どもの頃、お母さんがつらそうにしている姿を見てきた方の中には
お父さんの言動で傷ついているように見えるお母さんのそばで、
「私が味方にならなきゃ」と感じていた方も少なくないんじゃないかなって思います。言葉にしなくても、心の中で、
「お父さんは、なんてひどい人なんだ」
「お母さんは、なんてかわいそうなんだ」
「私は、お母さんの味方だから」そんな気持ちを抱えていたこと、ありませんでしたか?
服部希美~「母を守るために、父を嫌いになった私」とうまくいかない恋愛との関連~
そのとき、心の奥に芽生えた感覚。
「男性=こわいもの」
「男性=信用できない」
「男性=敵」そんな思いが、大人になった今の恋愛に、静かに影響を与えていることがあるのですね。
服部希美~「母を守るために、父を嫌いになった私」とうまくいかない恋愛との関連~
この感覚を長いこと引きづりました。
実家に帰ったとき父と話すけど、目を見れなかった。「絶対に笑顔を向けてやるものか」という意地もあったと思う。あと、どうやって振る舞えばいいかわからなかった。いつもブスッとしてテンション低く接してた。
でも、いい加減ちゃんと向き合う、ちゃんと気持ちを伝えようと思った。
それで父の誕生日に手紙を書きました。家のなかがピリピリしていて怖かったこと、家族の関係が変わってしまって悲しかったこと。認知行動療法で感情を言葉にするコツを掴んだので、なるべく気持ちを言語化するよう意識して書きました。
手紙はプレゼントのタンブラーと一緒に渡したところ、目を通してくれたようです。その後、直接コメントをもらうはなかったけど、タンブラーはいまでも使ってくれています。それだけで、わたしは十分愛情を感じました。
男性と向き合うチャレンジの第一弾は、大きな手ごたえもなく終わりました。感じたこと、考えたこと、気づいたことは山のようにあるけど、だからといって現実に変化もなかった。
相変わらず男性との距離感はわからないし、まだまだ自分もわからない。わからないことだらけ。
ところが半年後、営業会社の同期から5年ぶりに連絡があって、お付き合いすることになり事態は動きはじめます。
その話はまた次回!